山手線超の巨大演習場!陸上自衛隊矢臼別の実弾訓練と共存の深層
北海道東部に位置し、果てしない地平線が広がる根釧台地。その広大な原野の中に、日本国内で群を抜く圧倒的なスケールを誇る防衛拠点が横たわっています。それが陸上自衛隊の「矢臼別(やおすべつ)演習場」です。国内で唯一、長距離火砲の実弾射撃を直線30キロメートル規模で実施できる最大の演習地として、日本の防衛戦略を支える要衝となっています。
一方で、その広大な敷地の内部で展開される訓練の全貌や、地元自治体との関係性、そして演習に伴う激しい振動や騒音の実際については、道外のみならず道内でも詳しく知る人は多くありません。米軍再編に伴う実弾射撃の移転や日米共同訓練の高度化が進むいま、この巨大演習場はどのような緊張感と課題を抱えているのか。防衛省の公開資料や地元関係者への取材記録をもとに、矢臼別演習場が持つ真の姿を掘り下げます。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:矢臼別演習場は総面積約1万6,800ヘクタールを誇り、JR山手線の内側面積の約2.5倍に達する日本最大の陸上自衛隊演習場である。
- 要点2:155ミリりゅう弾砲や多連装ロケットシステム(MLRS)の実弾射撃が可能な国内唯一の演習場であり、米海兵隊の移転訓練や「オリエント・シールド」など日米共同訓練の主舞台となっている。
- 要点3:砲撃音や地響き、過去に発生した大規模な山火事事故といったリスクに対し、酪農の町である地元3町との間で緻密な協定と補償体制が築かれている。
【日本最大の軍事拠点】山手線がすっぽり入る広大な敷地と地図上の全容
矢臼別演習場の最大の特徴は、何と言ってもその規格外の広さにあります。敷地面積は約1万6,800ヘクタール(約168平方キロメートル)におよび、これは東京都心のJR山手線の内側(約63平方キロメートル)が2つ半もすっぽり収まる広大さです。東京ドームに換算すれば約3,600個分に匹敵し、日本海側の大規模演習場である王城寺原(宮城県)や富士山麓の東富士演習場(静岡県)を圧倒する国内単独第1位の規模を誇ります。
地理的な位置関係を見ると、矢臼別演習場は北海道東部の別海町(べっかいちょう)、厚岸町(あっけしちょう)、浜中町(はまなかちょう)という3つの町にまたがって広がっています。地図上では釧路市と根室市の中間エリアに位置し、たんちょう釧路空港や中標津空港から車で1時間半前後のアクセスとなりますが、外周は有刺鉄線と頑丈な立ち入り禁止標識で厳重に封鎖されています。
この演習場を管理・運用しているのは陸上自衛隊北部方面隊であり、管理業務を担う矢臼別演習場管理隊が常駐しています。泥炭地や湿原、起伏の緩やかな丘陵地帯が連なるこの原野は、かつて開拓が極めて困難だった過酷な土地でした。しかし防衛上の観点からは、長射程火砲を安全に発射・弾着させられる国内最後の空間として白羽の矢が立ち、昭和40年代以降、国防の最前線施設として機能し続けています。
【日米共同訓練と実弾射撃】米海兵隊移転訓練から「オリエント・シールド」まで
矢臼別演習場が全国的なニュースで頻繁に取り上げられる最大の契機は、米軍や他国軍との共同軍事訓練です。とりわけ大きな転換点となったのは、1997年から始まった米海兵隊による実弾射撃訓練の分散移転でした。それまで沖縄県のキャンプ・ハンセン(県道104号線越え)で実施されていた155ミリりゅう弾砲の実弾射撃訓練が本土5カ所の演習場へ分散移転されることになり、その筆頭として矢臼別演習場が選定された経緯があります。
現在でも定期的に在日米海兵隊が沖縄から展開し、最新の射撃機材を用いた実弾射撃演習を実施しています。さらに、陸上自衛隊と米陸軍による最大規模の実動訓練である「オリエント・シールド(日米共同方面隊指揮所演習・実動訓練)」の演習地としても機能しており、北東アジアの抑止力を担保する最重要拠点の一角を担っています。
訓練のスケジュールや日程は、周辺住民の生活環境に直結するため、事前に北海道防衛局および別海町・厚岸町・浜中町の各自治体ホームページを通じて告知されます。射撃訓練が実施される期間中は、早朝から夕刻にかけて断続的に実弾が撃ち込まれ、演習場境界から数キロメートル離れた集落でも空気の振動を直接肌で感じ取るほどの緊迫感に包まれます。
【スペック比較】国内主要演習場と矢臼別演習場をデータで読み解く
自衛隊が使用する演習場は全国に多数存在しますが、なぜ矢臼別演習場だけが長射程火砲の拠点として選ばれ続けるのか。国内の代表的な演習場とデータを突き合わせることで、その突出したスペックが明確になります。
| 演習場名 | 所在地 | 敷地面積(約) | 最大射撃距離・特徴 | 主な使用部隊 |
|---|---|---|---|---|
| 矢臼別演習場 | 北海道(別海町・厚岸町・浜中町) | 約16,800 ha (山手線約2.5倍) | 直線約30kmの火砲射撃可能。国内唯一の長射程対応 | 北部方面隊、米海兵隊、米陸軍 |
| 東富士演習場 | 静岡県(御殿場市・裾野市・小山町) | 約8,800 ha | 富士総合火力演習の舞台。首都圏近郊で運用密度が高い | 富士教導団、東部方面隊、米軍 |
| 王城寺原演習場 | 宮城県(色麻町・大衡村・大和町) | 約4,600 ha | 本州有数の実弾射撃場だが、市街地化による制約が増加 | 東北方面隊、米海兵隊 |
| 北富士演習場 | 山梨県(富士吉田市・山中湖村) | 約4,600 ha | 入会権(入会地)の権利関係が複雑で、運用に季節制限あり | 東部方面隊、米海兵隊 |
数値を見れば一目瞭然な通り、矢臼別演習場は本州の主要演習場の3倍から4倍近い面積を有しています。現代の陸上戦で主力となる19式装輪自走155mmりゅう弾砲や99式自走155mmりゅう弾砲は射程が30キロメートルを超え、本州の演習場では弾道が敷地外へ飛び出す危険があるため最大射程での発射訓練ができません。国内において「装備のカタログスペックをフルに活かした実戦射撃」が可能な場所は、実質的にこの矢臼別演習場のみとなっています。

【実態検証】轟く砲撃音と振動の衝撃――酪農地帯との共存と山火事リスク
広大な演習場とはいえ、その周囲は日本有数の生乳生産量を誇る別海町をはじめとした純農村地帯です。ここで避けて通れないのが、実弾射撃に伴う砲撃音と低周波振動が及ぼす地域への影響です。
現地の牧場主や住民の証言によると、演習が始まると「ズシン」という地響きとともに窓ガラスがビリビリと音を立てて震え、遠くの地平線に白い煙が立ち上るのが確認できます。特にデリケートな乳牛にとって、突発的な大音響や低周波振動は深刻なストレス要因となり得ます。「訓練が集中する時期には牛が搾乳室に入るのを嫌がったり、一時的に乳量が落ち込むことがある」という酪農家の声は根強く存在し、防衛省側も牧場周辺の防音林整備や畜舎の防音改修助成などの防衛施設周辺対策事業を長年講じてきました。
さらに、地域住民が最も警戒するのが「実弾射撃による山火事事故」です。泥炭性の土壌と広大なススキ野が広がる矢臼別演習場では、乾燥した春先や秋口に着弾時の火花や照明弾の残滓が枯草に燃え移り、過去に数千ヘクタール規模を焼き尽くす大規模な原野火災を複数回引き起こしてきました。一度泥炭層に火が入ると地中でくすぶり続け、完全鎮火までに数日から1週間以上を要することもあります。
事故が発生するたびに自衛隊の大型ヘリコプター(CH-47JA)による空中消火や地元消防本部の出動が繰り返され、訓練の即時中止と安全対策の見直しが厳しく求められてきました。現在では、乾燥注意報発令時の火種使用制限や演習場内の防火帯(防火道路)の拡張など、徹底した延焼防止策が講じられています。
【反戦の象徴】「川瀬牧場」の抵抗が物語る土地と国家の境界線
矢臼別演習場の歴史を語る上で、決して欠かすことができない存在が「川瀬牧場」です。演習場の開設が進められた1960年代、国は周辺農家に対して大規模な集団移転と用地買収を進めました。多くの農民が補償金を受け取って離農あるいは移転を選択するなか、ただ一戸、国の立ち退き要請を断固として拒否し、演習場計画地の真ん中で酪農を営み続けた人物がいました。それが故・川瀬犯爾(かわせ はんじ)氏です。
国家権力による広大な軍事要塞計画の真っ只中に、個人が所有する私有地が「飛び地」としてそのまま残る――。この特異な状況は、全国の平和運動家や労働組合、学生運動の注目を集め、川瀬牧場は半世紀にわたって「矢臼別反戦平和運動の聖地」と位置づけられることになりました。川瀬氏が亡くなった後もその遺志は支援者たちに受け継がれ、現在でも演習場の中に私有地が存在し続けています。
有刺鉄線で囲まれた自衛隊の管理地の中に、現在もなお民間人の生活と権利が刻まれた空間が存在するという事実は、単なる防衛施設の枠を超え、「国家の防衛権と個人の基本的人権の衝突」という重い問いを投げかけています。

【一般公開と見学の実態】一般人が立ち入るルートとセキュリティ事情
これほど広大な敷地であるならば、「一般人が内部を見学したり、ドライブで通過したりすることはできないのか」という疑問を抱く方も少なくありません。しかし結論から言えば、一般の民間人が許可なく矢臼別演習場内に立ち入ることは法律および保安管理上、固く禁じられています。
演習場の全周にはフェンスや警告看板が隙間なく配置されており、無断で敷地内に進入した場合は警護要員によって拘束され、刑事告発の対象となります。立ち入りが厳格に禁止されている最大の理由は、機密保持だけでなく「不発弾による生命の危険」です。数十年にわたり数万発単位の実弾が撃ち込まれてきた着弾地帯には、爆発しなかった砲弾が土中に多数埋没しており、専門の処理班以外が立ち入ることは極めて危険です。
ただし、完全に外界と遮断されているわけではありません。以下のような極めて限られた条件下においてのみ、内部の様子を知る機会が存在します。
- 地元自治体・報道陣向けの公開視察:日米共同訓練などの節目において、地元3町の町議会議員や報道関係者を対象とした現場公開ツアーが防衛省主導で実施されるケース。
- 自衛隊記念行事や広報イベント:別海駐屯地などの創立記念行事に関連して、演習場の一部区域を使用した体験試乗や見学が限定的に行われる場合。
- 境界付近の公道からの遠望:演習場を迂回する道道(北海道道928号上風連中西別線など)から、立ち入り禁止区域の外側越しに原野を望むことは可能(駐停車や撮影には配慮が必要)。
内部の偵察や見学を安易に試みることは厳禁であり、その迫力や歴史的経緯を確認したい場合は、別海町郷土資料館などの公的展示施設や公表資料を参照するのが賢明なアプローチです。
【プロの結論】防衛安全保障と地域社会の持続可能な境界線
矢臼別演習場をめぐる諸問題は、単一の二項対立では語り切れません。国際情勢が緊迫の度合いを増すなかで、自衛隊の抑止力を維持・向上させるための長射程火力演習場は、日本の国防政策において不可欠なインフラです。代替可能な土地が日本国内のどこにも存在しないという地政学的リアリズムは直視しなければなりません。
しかし同時に、その防衛インフラが北海道東部の豊かな酪農環境と、そこで代々暮らしてきた地域住民の静穏な生活の上に成り立っていることもまた動かしがたい事実です。国は防音対策や補助金といった金銭的補償だけに頼るのではなく、砲撃情報のリアルタイムな透明化、山火事防止のための最新監視技術の導入、そして地域経済への真摯な還元を継続的に行わなければ、この広大な演習場の持続可能な運用は成り立ちません。「国家の安全」と「地域住民の生活」という二つの天秤を、いかに高い規律でバランスさせ続けるか。矢臼別演習場は、その試金石としてあり続けています。
【陸上 自衛隊 矢臼別 演習 場】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:矢臼別演習場の中を一般の車で通り抜けることはできますか?
A1:通り抜けは一切できません。演習場内を通る道路はすべて防衛省が管理する専用道路であり、入口にはゲートと監視カメラ、警備詰所が設けられています。カーナビ等で演習場内を通過するルートが誤認表示される場合もありますが、一般車は必ず演習場の外周を走る国道272号や北海道道などへ迂回する必要があります。
Q2:演習場の実弾射撃の日程や時間はどこで確認できますか?
A2:北海道防衛局の公式ホームページ、または敷地がまたがる「別海町」「厚岸町」「浜中町」の自治体公式ウェブサイトにて、月間および週間の訓練予定が公表されています。射撃訓練が予定されている日時は「実弾射撃訓練のお知らせ」として掲載されますので、大きな音や振動が心配な方は事前にこれらの広報を確認することをおすすめします。
Q3:砲撃の音や地響きは、どれくらい離れた場所まで届きますか?
A3:天候や風向き、使用する火砲の種類によって大きく異なりますが、155ミリりゅう弾砲の射撃時には、演習場境界から10〜15キロメートル以上離れた別海町中心部や厚岸町の沿岸部でも重低音やかすかな窓の振動が感知されることがあります。曇天で雲の高度が低い日は、音が雲に反射して通常より遠くまで届く傾向があります。
Q4:演習場内に野生動物は生息していますか?
A4:人の立ち入りが厳しく制限された広大な原野であるため、皮肉にも国内有数の野生生物のサンクチュアリとなっています。エゾシカの巨大な群れをはじめ、キタキツネ、ヒグマ、さらには国の特別天然記念物であるタンチョウやオジロワシ、シマフクロウなどの希少猛禽類が多数確認されており、自然保護と軍事演習の境界領域としても生態学者から注目されています。
まとめ:広大な大地に刻まれる国防の現実と地域社会の未来
山手線の約2.5倍という桁外れの敷地面積を誇り、国内唯一の長射程火砲射撃場として機能する陸上自衛隊矢臼別演習場。そこは、日米の最新装備が轟音を響かせる安全保障の最前線であると同時に、静かな酪農地帯との共存に苦心し続けてきた半世紀以上の歴史が息づく場所です。
砲撃音や振動、山火事への対策、そして「川瀬牧場」に象徴される土地と人々の記憶は、防衛という国家の要請が常に地方の犠牲や協力を伴って成り立っている現実を静かに示しています。この広大な大地で何が行われ、いかなる課題が存在しているのかを正しく知ることは、日本の防衛と地域社会のあり方を考える上で欠かすことのできない重要なステップです。 (出典: 陸上 自衛隊 矢臼別 演習 場(Yahoo!ニュース))